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久保のブログ

誰もがかかえる劣等感に負けないこと 「片眼の猿:道尾秀介」を読んだ。

自分が周りの人間と違うことに思い悩んで、自尊心という右眼をつぶそうとしていた。
でも、それをやってしまったらお終いなんだ。
自尊心を失くしてしまったら、いずれ心はずぶずぶに腐ってしまう。
そしてそんな心は決まって、悩みの解決を、ある安易な方向に求めてしまう。

いままで読んだ、道尾作品の中で、
個人的に一番、読後感が良かった。

片眼の猿―One-eyed monkeys (新潮文庫 み 40-2)
道尾 秀介
新潮社
売り上げランキング: 31563

人間それぞれが、感じているコンプレックス。
人は心の中になんらかの劣等感を背負っていると思う。
小さなことも。大きなことも。


きみの持っている劣等感は、単なる思い込みなんだって。
きみのどこかに欠点があるとすれば、それは自尊心を持たずに生きていることなんだ。

物語は、
自身の耳にある特徴をもつ探偵の主人公と、
その助手となった、目に劣等感を感じている女性が
中心となって展開していく。

そして、その主人公が住む、
個性的なアパートの住人たちも忘れてはならない。

このアパートの連中は人を見て、
ただ「人」だと感じる。それだけなのだ。

この住人の秘密は、
最後になって明かされることになる。

読み終えて、いい作品だなって思った。

片眼の猿の意味は、

ある村にたくさんの猿が住んでいて、その猿は
全員が片眼だった。
あるとき、その村で両眼を持つ猿がうまれた、
その猿は、自分だけが周りと違うことを悩み、
結局、片目を自らつぶしてしまった。

両眼を持つ猿のとった行動は、両眼をもつことが
普通の自分たちにとっては、ありえない行動だ。
でも、人間は時として、
この片眼の猿と同じような悩みを抱え悩んでいる。

マジョリティであることが本当に正しいことのなのか?
たとえ自身がマイノリティであっても、
そこに信念や誇り、自尊心があればそれでいいのではないだろうか?

そんなことを考えさせられた作品でした。

ここから 人間というのはけっきょく、記憶なのではないだろうか。姿かたちが人間を作るのではないし、
見聞きしてきた事実が人間をつくるのでもない。事実の束をどう記憶してきたか。
きっとそれが人間をつくるのだろう。そして、事実の束をどう気送るするのかは、個人の勝手だ。自分自身で決めることなのだ。